適正小作料運動から
今日は、戦時における農村について書かれた本から考えてみたいと思います。
エッセイですので、気軽に読んでいただけたらと思います。
今より20年ほど前、高齢者の方から戦争体験を聞くことがあった。
銃を避けて後退した戦地の経験、時計を組み立てていた工場でいつのまにか兵器になっていた経験。
現地の方がごはんをくれたというお話もあった。もちろんそのような出会いよりも、加害の経験を相手は覚えているかもしれず、これらは日本の中で聞き取れることなのかもしれない。
だんだんと、これらのことはそのこどもから伝え聞くようになる。
一回目の招集はよかった、二回目は大変だったらしい。マラリアになると寒いみたいだよね。お父さんに何枚も布団をかけた。
少し前に『東北農民の思想と行動』という本を読むことがあった。
最初は読みなれないが、だんだんと文体に慣れ、何を読んだらよいのかわかってくると、事実でありながら展開の気になる本となっていった。
戦前の地主体制から、戦争の準備が始まると、だんだんと国家による農業の管理体制が出来上がっていく。さまざまな農民運動は収まっていく中で、一方向へと収斂し、各自治組織も体制の中に再編されていく。「そこにはあきらかに切断がある。しかし同時に、部落を末端機構として利用しつつ、地主制を排除して農業の直接的掌握、再編をねらった戦時国家独占資本主義の課題は、じつは戦後の農地改革にひきつがれ、はじめて実現された」。
そうした中に、関係省庁宛に農民の連合体からのつぎのような嘆願書がある。物価が上がるなかでの小作料適正化を求めるものである。小作人にその配分がなく肥料などの物価上昇に困っているという状況があった。
つぎはぎではあるが、その中につぎのような文言がある。「争議を絶滅して平和なる理想郷土を建設する」、「地主と小作人との争ひをなくして真に平和な農村を作り」、「農民本来の責務を果たす」、「理想庄内郷の建設に努力」などである。
もともとは小作の運動をしていた彼らによる、土地と結びついたクレームの申し立てである。官庁に向けて丁寧でお伺いをたてるような文書である。
このいいまわしには、心当たりがあった。震災時に書いたいくつもの企画書がこうであった。もちろん農業に関する事業ではない。それでも、土地と結びついて意味を整えた。だから、この文書はなにか特別に取り上げて語るべきものというよりも、どんな立場、考え方の人にもある状況においては起こるような普遍的な人間の行動のように思われた。
この結果を見てきたわたしたちは、何を言うことができるのか。
土地と結びつく言説は縛られている状況にある。それなのに、言葉は、意味のある通りに話さなければ使うことができない。そしてだれにでも起こりうる。クレーム申し立てには行き先がある。だから、このことを指摘するだけではすでに足りない。それはただ、距離を作るだけになる。むしろそう使うことよりも、どう相手と共有するかそこに注意がいることをずっと考えてきた。
追記
なるほど、本を読んでしまい、浮かんだのが書類だったのだけど、たしかに身体も含まれる。
菅野正・田原音和・細谷昂『東北農民の思想と行動――庄内農村の研究』御茶の水書房、1984年
