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出身地から

執筆者の写真:  さとやま、さとうみ地域医療研究室
さとやま、さとうみ地域医療研究室
1 時間前
読了時間: 3分

こんにちは、事務局の末永です。



本日は所用あり、ふるさと大崎へ。


稲刈りはほとんど終わり、時折、渡り鳥の声がしていました。



大崎平野、大崎耕土といい、平らな地面が広がる地域は一面田んぼ。一部果樹(なしなど)や、屋敷のそばで飼育される畜産などもありますが、多くは水田単作地帯が広がっています。単作である、ということは、じつは力の分散が少ない地域の歴史を持っていた、とも言われます。



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そういえば、農家の祖母は、病院に行くにしても、ましてやコンビニに行くにも、きれいな靴を履くようにしていました。



祖父がちょっとでも作業の後の残るものを身に付けていると、着替えを促しました。


病院にそんな服で行ったら、笑われるから。



震災後、病院で働くことになったわたしは、時々このことを思い出していました。


先生たちの多くは清潔な人が多いけれど、


中には、寝癖があったり、靴下に穴が空いていたり、Tシャツがすれていたり。



休み時間ができると、お菓子をボリボリ食べて、床にカスがこぼれ落ちたり、オナラをして、失敬、と言ったり。



そういえば、気仙沼を舞台とした『おかえり、モネ』で描かれていた先生は、ポケットが裏返ったままのズボンを履き、不器用なコミュニケーションも相まって、「おれたちの菅波」として愛されていました。



不器用でも愛されるのは、汚くても愛されるのは、どうしてか。



ある日、日赤病院で、床に長靴の底から剥がれ落ちたような泥が落ちていました。



救急車がたくさん運び込まれる病院だから、そんなことは当たり前に起きるのかも知れません。



そういえば、ハワード=ヒューズという学者は、


医者もよく考えたら「dirty work」では?と言っていました。



お医者さんの権威は、崇高だから、ということ以上に、ふつう、人々が抱えることのできないような病いや病態などを直視して、それを日常的に引き受けてくれるからこそ、社会は医師に権限を与えているのだ(それが資格というものだ)と言っていたように思います。



よく知られていますが、スティグマの意味は、烙印とも、聖痕とも。



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田んぼで泥がつく経験、冬の浜で鼻水が止まらなくなる経験、もしもそれが想像力になったらうれしいです。


もちろん、わたしが出会ったお医者さんたちの中に、汚いことで眉をひそめるひとはいなかった。むしろ、そういうことについて、よく悩む人たちだった。


だから、そうではなかったよ、とも伝えたいと思います。



それでも、病院にきれいな靴を履いていこうとする人がいるかも知れないことを、ちらっと想像していただけたらうれしいです。



『さとやま・さとうみ地域医療研究室』ではそんなことを考えています。



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