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Aさんに連れられて
プロジェクトタイプ
Aさんの生活世界へ
日付
2025年3月
場所
宮城県石巻市
末永拓郎 (総合診療指導医)
今回、7,8年前から訪問診療しているAさんの震災前のお宅に行く機会を得ました。
Aさんは奥さんの介護を長年続けていた方で、現在は自らも足腰が弱り、車の運転免許も返納して一人暮らしされています。奥さんの症状が悪化して自宅で過ごせるかどうか微妙な時期がありましたが、そんな時も真剣な表情で「・・・もう少し頑張ってみっか。」と介護を引き受けた姿をみて、ずっと尊敬していました。そんなAさんと奥さんの姿を診療所の外来や訪問診療でみさせてもらってきました。Aさんの印象は「優しく、懐が広いおじいちゃん」でした。
まだ体が達者だった頃は、ご夫婦二人で雄勝硯を作る仕事をされていたことを聞いていました。Aさんは中学を卒業したらすぐに硯職人になったそうです。Aさんが硯を彫り、奥さんが磨く、それを生業にされていました。訪問診療の際に、震災前のおうちにAさんが作った硯が置かれていることを聞き、雄勝の大切な文化である硯をAさんと一緒に見に行きたいと思いました。
もう一人同行した診療所の看護師さんの明美さんは私よりもずっと長く、雄勝の患者さんたちと向き合ってきた方です。患者さんの生活状況についてたくさんのことを知っていて、折々に泣き笑いしながら一緒にやってきました。
震災前のお宅は津波や経年の影響が大きい様子でしたが、Aさんと奥さんの作品は何点か掘り起こされました。今では雄勝硯を手彫り出来る職人は少なく大変貴重なものです。持ち帰った硯を私たちのために綺麗に磨くAさんの姿は、患者の姿ではなく、優しいおじいちゃんでもなく、引き締まった眼差しを持つ職人の姿でした。
患者さんと話していると入院中の様子、外来での様子からは想像し難い本来の生活の姿があったと気づかされることが多々あります。患者さんたちは病いと付き合いながらどのような状態になることが望ましいのか。そして私たちは何をすべきなのか。病院でみる姿だけでそれを判断するのは難しいものです。私たちはどこまで本当の患者さんの姿に近いイメージをもって、共に歩んでいけるのでしょうか。
Aさんが硯を磨く姿を見たとき、これまで聞いてきたAさんの人生、奥さんとの人生、そしてその時間を経たあとの現在のAさんが、より鮮やかなイメージでつながったように感じたのです。