まとめと分析
2024年6月にプライマリケア連合学会で発表した内容を掲載します。

医学生、若手医師に対する地域体験型学習についての活動報告と質的分析
末永拓郎
背景
私は以前から医学生、若手医師たちに人々の心理社会的背景や地域の文化的背景を知って診療することの楽しさを伝えたいと思っていました。
しかし過去の日本や米国の文献によれば、医師になる集団の特徴について下記が挙げられます。
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所得が高い家庭で育ち、いわゆるホワイトカラーの家の子が多かった。(日本では82.8%がホワイトカラーの家庭)※1
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日本の医学生は52.2%が人口密度の多い都道府県トップ10の出身だった。※2
※1. 藤崎和彦. 医学部新入生の行動科学的分析. 日本保健医療行動科学学会年報.
1989年; 第4巻: P237-255
※2. 江原朗. 医学部医学科の所在地と入学者の出身地について. 日医雑誌.
2013年; 第142巻(第 9 号): P2005-2012


「出身階層が高く、受験重視の教育経験を持ち、社会的経験の乏しい者たちが集まって形成された集団」※1
という厳しい分析をされたこともあり、このような集団は様々な社会的背景を理解することに不利な集団とも考えられます。そこで医師が患者さんの背景に興味を持って診療出来るようになるには、積極的な仕掛けが必要ではないかと私は考えます。
※1. 藤崎和彦. 医学部新入生の行動科学的分析. 日本保健医療行動科学学会年報.
1989年; 第4巻: P237-255
活動目的
前述の背景より本活動の目的を下記のように設定しました。
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若手医師たちが地域文化や農業・漁業従事者の営みを体験する機会を持ち、楽しんで欲しい!
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住民さんも一緒になって医者を育ててもらえるような地域になって欲しい!



活動内容
期間:2023年6月から2024年4月
対象:
当院所属の総合診療専攻医 2名
地域医療研修に来た初期研修医8名、内科専攻医 1名
内容:
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地域の住民さんに提供して頂くアクティビティ
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農業、漁業、お祭り、硯石の石割りなど
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詳細は「体験記」をご覧ください
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振り返りを行い患者中心の医療、全人的アプローチなどの観点から体験の意味づけを行う
体験した若手医師の声
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普段関わりの多い医療関係者とは異なる背景を持つ人たちのことを知ることができるのは診療にも役に立つと思いました。
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住民さんにとっては患者としての側面は生活の一部分に過ぎないということがわかりました。
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普段の自分とは違う生活パターンをしている人たちがいる。そういうことから医療の在り方を考えることは大事だと思いました。
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地域の優しさ、暖かさを感じました。



協力してくれた住民さんの声
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見て体験しなければ見えないものがあります。自分で植えたものを収穫する。身近な体験や感じたことから行動が生まれ、それを「感動」というかもしれません。
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「お医者さん」に親近感を持ちました。話が出来るお医者さんが身近にいることは、安心につながります。「この土地で安心して暮らし、安心して老いていける」という安心感です。 「医師そだて」は「街そだて」に繋がっていくと思います。
体験談の質的分析
若手医師の声をSteps for Cording Theorization (SCAT)※3 により分析し、本活動による学習効果について考察しました。後述の4点がこのような活動の効果として一般化される可能性がありました。
※3. 大谷尚. 質的研究の考え方 研究方法論からSCATによる分析まで.
第7版. 名古屋市: 名古屋大学出版会; 2019年


①文化的、心理社会的な背景への興味促進効果
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漁師、農家の方々の季節によって変動する柔軟性の高い営みへの理解を示すようになる
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それぞれの生活リズムに合わせた医療の在り方を考えるようになる
※夜中の2時、3時に漁にでる。涼しい早朝に草刈りを終わらせてしまうなどを体験して、様々な営みがあることを実感します。
②多様な社会経験の重要性を実感
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病院という限られたコミュニティから飛び出すことのストレスまたは解放感を感じる
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多様な社会経験の重要性を感じる


③人間にとって病いは一部分でしかないことを認識する
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病院と比較して生活の場でみる住民は強く、明るく、社会的地位の高さを感じることもある
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病いは生活の一部分でしかないことを実感し、人と医療の関わり方を再考するきっかけとなる
④地域住民との共感性が強化される
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体験、祭りへの参加により地域住民との共感性が強化される。
※民俗学において祭りの機能について、
「参加者間の共感性の強化」が挙げられています。この機能は若手医師にも例外なく作用していました。
